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東京地方裁判所 昭和61年(特わ)3034号 判決

主文

被告人両名をそれぞれ懲役三月に処する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日からいずれも二年間、それぞれその刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人Aは、印刷及び印刷取次業を営む有限会社A印刷の代表者、被告人Bは、印刷及び印刷取次業を営むB'印刷株式会社の代表者であるが、「ミス五反田」、「スリム専科」などの名称を用いて秘密売春クラブ(いわゆる「ホテトル」)を営んでいるCが、D、E、Fらと共謀の上、別紙売春周旋行為一覧表記載のとおり、昭和六一年五月二四日及び翌二五日の両日、東京都品川区〈以下省略〉所在の○△ビル六〇三号において、予め国鉄五反田駅及び目黒駅周辺の公衆電話ボックスや公衆便所に差し置いた「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」と題する宣伝用小冊子各一部(「ミス五反田」、「スリム専科」など多数の秘密売春クラブの店名、電話番号などを掲載したもの。昭和六二年押第二六八号の1ないし3・後記三万部のうちの三部)を見て電話連絡してきた不特定の遊客Gほか二名を、売春婦Hほか二名に対し、売春の相手方として紹介して売春の周旋をした際、これに先立ち、

第一被告人Aは、同年四月上旬頃、前記Cから、前記「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」三万部の印刷・製本の注文を受けるや、同人らが、これを五反田方面の公衆電話ボックスや公衆便所等に差し置くなどして遊客を誘引し、これに応じてくる不特定の遊客を売春婦に紹介して売春の周旋をするために使用することの情を知りながら、その頃、被告人Bに、右「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」三万部の印刷・製本を依頼してやるとともに、同都新宿区歌舞伎町〈以下省略〉所在の前記A印刷、同区大久保〈以下省略〉所在の株式会社I及び同区四谷〈以下省略〉所在のJ株式会社四谷営業所において、自らまたは右各会社に下請させて、「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」の版下及びこれに基づくネガフィルムを作成し、

第二被告人Bは、前記Cから被告人Aを通じ、前記「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」の印刷・製本の依頼を受けるや、前記A同様に情を知りながら、同月中旬頃、同都北区上中里〈以下省略〉所在の有限会社K印刷社及び同都墨田区立花〈以下省略〉所在の有限会社L紙工において、右各会社に下請けさせて、前記ネガフィルムに基づき、「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」三万部を印刷・製本した上、同月一七日及び翌一八日、同都品川区西五反田二丁目一〇番八号ドルミ五反田ドウメゾン前路上及び同区北品川五丁目七番一四号グローリア初穂御殿山マンション四〇五号室において、これを前記Dらに引き渡し、

もつて、それぞれ、前記Cらの犯行を容易ならしめてこれを幇助したものである。

(証拠の標目)〈省略〉

(弁護人の主張に対する判断)

一売春周旋幇助の故意について

1  弁護人は、Cらがホテトルを経営して売春の周旋を行なつていたことも、「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」が右売春周旋の宣伝のために用いられることについても、被告人両名には、本件当時、その認識がなく、幇助の故意を欠く旨主張し、被告人両名も、当公判廷において、これに沿う供述をするので、以下、この点につき判断する。

2  まず、被告人Aの故意についてみると、関係各証拠によれば、以下の事実が認められる。すなわち、(一)Cは、昭和五九年四月頃からホテトルを経営して売春周旋を行なつており、その当初から、被告人Aが経営するA印刷にその宣伝用チラシの印刷をすべて発注していたが、同年一一月頃、自らの店も含め五反田・目黒地区のホテトル業者の宣伝用チラシを一冊の小冊子にまとめることを思い付き、「電話ボックスに貼つてあるピンクチラシを本にしたいんだけどできるだろうか。」などと被告人Aに持ち掛けたところ、被告人Aは、これを受けて、被告人Bらを下請として小冊子「プレイメイト」を印刷・製本し、以後本件に至るまでの一年半足らずの間に、多少内容に違いはあるものの、同種の小冊子を、Cからの注文により三一回にわたり印刷・製本していること、右「プレイメイト」の創刊号には、「しとやかな女性がお待ちする当店へ貴男のおこしをお待ちします。90分25,000円」などの時間・料金入り宣伝文言と店名・電話番号の入つた広告に加え、五反田地区のホテル街の地図まで掲載されていたこと、(二)被告人Aは、昭和六一年二月五日、ホテトル業者Mその他から受注した宣伝用チラシの件で警視庁防犯部保安第一課で事情聴取を受けた際、捜査官から、ホテトルにおいてはチラシを用いた売春の誘引・周旋が行われており、これを印刷すると売春防止法違反の幇助となるから止めるように勧告を受け、さらに、本件直前の同年四月一日にも、別のホテトル業者の宣伝用チラシを印刷した件で、新宿警察署において同様の事情聴取を受けていること、(三)被告人Aは、右二月五日の事情聴取の直後、前記Mから、「Cの本も刷らない方がいいんじゃないか。あの本にはCの店も載つている。」旨忠告されていること、(四)被告人Aは、Mの右忠告を受けた直後、Cの意を受けたDから「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」の注文を受けた際、これをいつたん断つており、翌日、CらがA印刷に押し掛けて懇請するに及んで、受注を渋つた挙句、Cらが検挙されてもA印刷の名は出さず、証拠が残らないよう現金払いとすること、A印刷の方でも帳簿には載せず、領収書も出さないことをCに約束させた上でこれを受注し、また、被告人Bに下請に出すにあたつても、その旨告げて帳簿等に残さないよう要請しており、さらに、本件の印刷に際しても、新宿警察署での事情聴取直後であつたため、受注を断り、Cから他の業者を紹介するよう迫られたため、やむなく被告人Bに相談し、同被告人を受注者として印刷を引き受けることにしたものであること、(五)本件で印刷された「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」にも、「19才〜21才何も知らない私たち貴男のやさしい手ほどきで、シティーホテルO・K」といつた宣伝文句を掲げた広告が満載されていること、以上の各事実が認められる。ところで、被告人Aは、本件捜査段階においては、一貫して、「本件印刷当時、Cがホテトルを経営して売春周旋を行なつており、『エキサイティングガイド〈Ⅱ〉』にもCの店の広告が載つていて、これを電話ボックスに置いて売春周旋の客寄せに使うことを知つていた。」旨供述していたものであり、公判審理の過程においても、当初は、「昭和五九年頃にはCがホテトル業をやつていることは判つていた。」「昭和六一年二月の時点では、ピンクチラシが電話ボックスに貼られてホテトル用のチラシに使われているんじやないかと思つていた。」「ホテトルというのは、ホテルから女の子を呼んで、セックス或いはマッサージ等を行うんじやないかと思つている。」「昭和六一年二月警視庁保安一課の取調べを受けた頃には、Cらが注文してきた小冊子も売春の客寄せに使われていることが判つていた。」「保安一課の取調べで、『このようなちらしを作ると売春の幇助になるからやめなさい』と言われたので、自分の方から『エキサイティングガイド〈Ⅱ〉』のような小冊子はどうなのか尋ねた。」などと供述していたものである。これらの供述は、その内容に一部記憶の混同と認められる点はあるものの、概ね前記(一)ないし(五)の事実と合致しており、特に不自然不合理な点もなく、その信用性は高いと言うことができるのであつて、右各供述と前記(一)ないし(五)の各事実を併せ考えると、被告人Aは、本件当時、Cがホテトルを経営して売春の周旋を行なつており、「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」にもその広告が掲載されていて、近い将来、Cらがこれを五反田方面の公衆電話ボックス等に差し置いて、売春周旋の手段として使用することを認識していたと認めるに十分である。そして、この認識は、売春周旋幇助の故意として欠けるところはないといわなければならない。

被告人Aは、当公判廷において、種々の弁解をして右認識を否定するが、例えば、警視庁防犯部保安第一課の捜査官から事情聴取を受けて、ホテトルの業務内容とチラシの使用方法を確認した供述調書を作成されたことは客観的に明らかであり、右調書を読み聞かせられた上で印刷を止めるよう警告されたこと及びMから前記の忠告を受けたことは被告人A自身認めているにもかかわらず、「事情聴取は美観保護の点で注意を受けたと思つた。売春防止法違反幇助ということも、Mの忠告の意味もあまり深く考えなかつた。」などと弁解するのであつて、その弁解内容自体不自然不合理であるばかりでなく、その後のCの注文に対する被告人Aの対応、特に証拠を残さないよう帳簿等に記載していない点に徴しても、被告人Aは、警察官の警告、Mの忠告の意味を十分に理解し、対応に苦慮していたと考えるほかはなく、被告人Aの弁解は、前述したところに照らして信用し難い。被告人Aに売春周旋幇助の故意がないとする弁護人の主張は採用できない。

3  次に、被告人Bの故意につき判断するに、関係各証拠によれば、(一)被告人Bは、前記「プレイメイト」創刊時から、Cの注文にかかる小冊子の印刷をすべて下請けしていたこと、(二)被告人Aが警視庁防犯部保安第一課で事情聴取を受ける前日、警察官が、被告人Bの経営するB'印刷に、被告人Aを伴い、ホテトル「ロリチャン」の宣伝用チラシのポジフィルム等を探しに来たことがあつたが、被告人Bは、後日、被告人Aから、「ロリチャン」の宣伝用チラシの件で警察に呼ばれたことを聞き、さらに、その頃、「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」の注文を断り切れずに引き受けたことも告げられ、「相手は仮に捕まつてもこつちのことは言わないと言つている。現金払いとして帳簿に載せないでやることになつた。あんたの帳簿にも載せないでくれ。例の本をやつているのは五反田のやくざ者のCという者で、Cもホテトルをやつていて、例の本の中に広告が載つている。」旨聞かされた上印刷の依頼を受けたこと、(三)本件の際、被告人Aが、Cらからの注文を受けていつたん断つたものの、他の業者を紹介するよう迫られ、困惑して、被告人Bに、「またCから頼まれてしまつた。例の本だ。どこか印刷してくれるところはないか。」と相談を持ち掛けたのに対し、被告人Bは、今回限りということで、本件の印刷を引き受けることにしたものであり、その際、被告人Aとの間で、Cらに被告人Bのことは教えない旨申し合わせたほか、帳簿等も前回同様残していない事実を認めることができる(以上の事実は、被告人Bの捜査段階における供述を除いた証拠によつても認定できるところである。)。また、被告人Bは、捜査段階において、「Aが、二月に、ホテトルの宣伝用チラシの件で警察の取調べを受け、ホテトルのチラシの印刷は売春の幇助になるから止めるよう警告されたことを聞いていた。」「本件印刷時に、『エキサイティングガイド〈Ⅱ〉』の注文主がCであり、同人もホテトルを経営していて、『エキサイティングガイド〈Ⅱ〉』にも広告を載せており、五反田方面の電話ボックス等にこれを置いて売春周旋の宣伝に使うことを知つていた。」旨明確に述べているところ、前記(一)ないし(三)の各事実をも併せ考えれば、被告人Bが、右供述程度の認識を有していたことを認めることができるので、売春周旋幇助の故意があつたものというべきである。

これに対して、被告人Bは、当公判廷において、右認識を否定し、「Aから、注文主が誰であるかも、注文主がホテトルを経営していて、その店の広告が『エキサイティングガイド〈Ⅱ〉』に載つていることも聞いたことがない。二月にAが警察の事情聴取を受けた後に聞いたのは、美観保護の件で呼ばれたことと、事情聴取の場所等のみであり、また、Aが『エキサイティングガイド〈Ⅱ〉』の受注を渋つたのは相手がやくざ者で支払いが悪いからで、帳簿に残さないのは税金対策と思つていた。」旨弁解する。しかし、前記2で認定したとおり、被告人Aは、警察官にホテトルの宣伝用チラシの印刷が売春防止法違反の幇助になると警告され、さらに、Mから、「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」にはCの店の広告も載つているから印刷しない方がよいとの忠告を受けて困惑したため、証拠を残さないような形で受注することにして被告人Bにこれを要請したり、あるいは自らは受注できないとして他の印刷業者の紹介を被告人Bに相談したりしたのであるから、被告人Aと被告人Bの日頃の密接な取引関係、特にCからの注文について継続的に元請・下請関係にあつたことから考えても、警察官の警告やMの忠告等の事情を説明せず、単に帳簿に残すなとだけ言つて印刷を依頼するというのは解せないところであり、また、従来この種の印刷の注文に応じてきた被告人Aの態度の変更が、単にやくざを嫌がつているとの理由だけで説明がつくものとは思われないし、まして、帳簿について被告人Aも述べていない税金対策を持ち出して弁解する点も、いささか唐突で苦しまぎれの感を免れない。これに加え、被告人Aは、当公判廷において、当初は、「二月の注文を受けたいきさつはBに話したから、その際、Cの店も本の中に載つていると話したと思う。」旨供述しているのであつて、以上の諸点を併せ考えると、被告人Bの右弁解は措信し難く、被告人Bは売春周旋幇助の故意を欠くとの弁護人の主張は理由がない。

二売春周旋幇助罪の成否について

1  弁護人は、売春防止法は、売春の助長行為のうち、類型的に強制あるいは搾取の要素を伴うものについて、詳細に各行為を分けて規定しているのであり、明文で規定された行為以外に、各罰条について、刑法六二条の幇助行為を原則として罰しない趣旨であつて、本件のように通常の印刷業務として行われた行為は、売春周旋幇助罪の構成要件に該当せず、あるいは、可罰的違法性を欠き、被告人らは無罪である旨主張するようである。しかし、売春防止法をそのように解釈すべき理由はなく、同法六条一項の売春周旋罪について、一般に、刑法六二条の「幇助」が成立しうることは当然である。所論は、独自の見解であつて、採用することはできない。

2  弁護人は、被告人Aの幇助の形態は、間接幇助に当たり、当罰性を有しない旨主張するが、いわゆる間接幇助も刑法六二条の「幇助」に該当すると解されるのみならず、本件において、被告人Aは、直接正犯者Cらの依頼を受けて、被告人Bに「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」の印刷を依頼した上、自らも版下作成、ネガフィルム作成等の作業を分担したのであるから、Cらを直接幇助したものと評価すべきであり、従つて、弁護人の主張はその前提を欠く。

三正当業務行為性について

弁護人は、「エキサイティングガイド〈Ⅱ〉」のように違法行為に用いられることが外観上明白でない印刷物につき、印刷業者が、日常の一般営業ベースで注文を受けて印刷することまで処罰するとすれば、印刷物の内容を検閲し、あるいは注文主の職業等にまで注意を払う義務を課することになるが、これは分業化が進んだ印刷業界の現状からすれば著しく困難であり、印刷業者の日常業務の円滑な遂行に多大な支障を及ぼし、その営業の自由を不当に制約する結果となるから、被告人らの本件行為は、正当業務行為として免責されるべきである旨主張する。

違法な用途に供される印刷物の注文を引き受けてこれを印刷したからといつて、印刷業者は、当然に刑事責任を問われるものではない。刑事責任を負うために満たすべき要件のひとつとして、それぞれの犯罪構成要件に応じて故意又は過失の存在が要求されることはいうまでもないことである。本件の場合、故意責任を問われているわけであるから、問題の印刷物が、違法な用途に供されることが一見して明らかなものであろうと、そうでなかろうと、被告人らに本件売春周旋幇助の故意が認められない限り、刑事責任を問うことはできない。しかし、被告人両名について、右故意の存在を認めうることは、既に述べたとおりである。そして、故意の点を含め、犯罪成立要件をその他の点ですべて満たしている行為について、その行為が、ただ、印刷業者が一般営業ベースで注文を受けて行つた印刷行為であるというだけの理由で、違法性を阻却され、免責される理由はない。そのような行為を処罰したからといつて、印刷業者に印刷物の検閲義務を負わせるものではないことはいうまでもないし、印刷業者の正当な営業活動を阻害し、営業の自由を不当に制約する結果となることはありえないというべきである。弁護人引用の判例(最高裁昭和二四年四月一九日第三小法廷判決・刑集三巻五号五七五頁、仙台高裁昭和二九年一〇月二六日判決・裁判特報一巻九号四〇四頁)は、取締の趣旨等を全く異にする罰則に関するものであつて、本件にこれを援用することは適切とはいい難い。弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人両名の判示H外二名に対する各売春周旋幇助の所為は、いずれも刑法六二条一項、売春防止法六条一項に該当するところ、右は、いずれも一個の行為で三個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により、それぞれ一罪として、犯情の最も重いHに対する各売春防止法違反幇助の罪の刑で処断することとし、所定刑中いずれも懲役刑を選択し、右は従犯であるから同法六三条、六八条三号によりそれぞれ法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人両名をいずれも懲役三月に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判確定の日から二年間、それぞれの刑の執行を猶予することとする。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官金築誠志 裁判官稗田雅洋 裁判官北秀昭は退官のため署名押印できない。裁判長裁判官金築誠志)

別紙売春周旋行為一覧表〈省略〉

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